何でもいいから、500円くれよ!!

日記・好きな事の考察や感想・オリジナル小説等を書いていきます。

ショートストーリー『青春の残り香』

 

今回は初のジャンル『恋愛小説』を書いてみました。

中々こっぱずかしい表現を多用していますし、ネタ自体もベッタベタに使い古されたありがちなやつです。

 

恋愛モノはとても難しいなぁと痛感させられましたが、良い練習になりました。

書いてよかったと思います。

 

 

ではどうぞ!

 

 

 

 

ある晴れた土曜日の昼下がり、新宿でショッピングを楽しんでいた私は、靖国通りを曙橋方面に向かって歩いていた。欲しかったお気に入りブランドの新作バッグも買えたし、そろそろランチでも食べようかなぁ…なんてことを考えていたら、後ろの方でタイヤがスリップしているような音が聞こえてきた。
振り返えると、暴走したワゴン車が私に向かって突っ込んできていて、それが不思議とスローモーションのように感じられたから私、心の中で(あ、終わった)って思ったの。実際には一瞬過ぎて何も考える余裕はなかったんだろうけどね。
車が体をはね飛ばす前に、私は横から別の何かにはね飛ばされた。歩道に乗り上げた車は雑居ビルのブロック塀に突っ込んで止まった。
周囲で感嘆と驚愕が入り交じった叫び声があがっている。何が起こっているのか理解できていない私が目を丸くしてその場にへたり込んでいると、1人の男性が近づいてきて私に手を伸ばしてきた。

「あの…大丈夫?怪我はないですか?」

男性の指は、女の私が嫉妬しそうなほど細長くて綺麗だった。そんな繊細な手を借りて、ようやく立ち上がった私は膝を擦りむいていることと、手に持っていたはずの伊勢丹の袋がどこかへ行っていることに気づいた。辺りを見回すと事故現場を行き交う人に踏み荒らされている紙袋が見え、ボロボロになって穴が開いた所から買ったばかりのバックが見える。

「ああ…新作がっ…」

こんなに周りが騒がしいのに、私は自分の楽しみが台無しになってしまったことが一番のショックだった。

「膝、擦りむいてますね…これ使ってください」

傷心の私に向かって男性は紺色のハンカチを渡してきて、それを受け取ったときに初めてまともに男性の顔をみた。

「あ、ありがとうございます…ってあれ?知樹…くん?」

「ん………?まさか、梨子…?」

それは中学時代の元彼、井上知樹だった。

本格イタリアンが食べられる喫茶店に入った私たちは、ランチを食べつつ昔話に華を咲かせている。あのまま現場にいたら、警察が来て事情聴取とかされると面倒だし時間がもったいないなと思い、大騒ぎしている間に知樹を連れて抜け出してきたのだ。

「それにしてもバッグ残念だったね」

知樹は苦笑いでコーヒーカップを揺する。

「知樹くんにひさびさに会えたから、プラスだよ」

そう言って一応はにかんでみせたけど、頭の片隅では(54000円…)と諭吉様が飛んでいくのがイメージできた。

知樹は地元の会社に就職していて、たまたま東京へ出張に来ていたんだそうだ。来週には地元へ帰るらしいけど、なにやら浮かない表情。事情を聞くと「まあ色々あってね」とはぐらかされてしまう。
私は高校を卒業してから東京の専門学校へ進学し、そのまま東京の服飾関係の会社へ就職した。私たちが付き合っていたのは中学3年の夏から卒業までの9ヶ月くらいで、卒業式の日に『高校が違うとお互いの時間が合わせづらくなるだろうから』って理由で別れた。その時に知樹は私にかっこいい約束をしてくれたんだけど、覚えてくれているかな?

「ピアノはまだ弾いてるの?」

カップを口元へ運ぶ指先を見つめながら尋ねる。知樹は幼い頃からピアノを習っていて、私を家に呼んではクラシックからJーポップまで色んな曲を演奏してくれた。

「…いや、高2で辞めたよ」

彼の目が曇った。深く聞かない方が良さそうな感じ。

「そう…なんだ。えと、ごめんね?」

「いや、いいんだよ。昔の話だからさ…あんまり上達しなくなったし、将来の役にも立たないから…ねぇ?」

その言葉が私は軽くショックだった。やっぱり約束は覚えてくれていなかったのか…。

「残念、もう一度聴きたかったな。知樹のピアノ」私はぽつりと呟く。

音楽のことはよく知らないけど、知樹には才能があったと思う。全国的なコンクールで入賞していたこともあったし、彼の演奏には感情が乗り移っていると聴く度に感じていた。
2人の間に気まずい空気が流れかけたので、私は気分を変えようと手を叩いた。

「ねえ、遊びに行こうよ。久しぶりにパーッと!」つとめて明るい笑顔を作る。

来週帰っちゃうなら、少しでも2人一緒にいたいからね。

知樹は最初遠慮していたけど「命の恩人へのお礼だから」と半ば強引に連れ回した。
買い物に付き合って貰ったり、食べ歩きしたり、映画みたり…喫茶店で話をしていた時よりも中学時代の初々しい思い出が次々と蘇ってきた。私は高校から今まで、5人の男性と付き合ったけどやっぱり知樹が一番良いと改めて思った。一緒にいて楽しいし、落ち着くし、私の全てを見てくれるというか…とにかく全ての相性が良いなって感じがする。知樹の方も、さっきよりも笑ってくれたりいっぱい話しかけてくれるようになったから、一緒にいて楽しいと思ってくれてると思う。

遊びながら、私は告白出来るチャンスを伺っていたけど、なかなか言い出すきっかけが掴めない。何度も恋愛は経験してるのに、しかも一度付き合った相手なのに…。結局夜ご飯で入った居酒屋でも随分出来上がっちゃって、もういつお開きになってもおかしくない状況だった。
知樹は腕時計を見て「そろそろ終電、大丈夫?」と訪ねてきた。ここで帰ったら駄目だぞ、私。

「…あー、そうだね。そろそろ帰ろっか」

ってバカー!

居酒屋を出て、駅へ向かう道のりをゆっくりと歩く。知樹は居酒屋で途中だった話題の残り火のような物を消化させようと必死に話しかけてくる。私はそれに合わせて頷いたり、返事したりしてたけど頭の中では(これじゃ駄目だ、ちゃんと言わなくちゃ)って気持ちでいっぱいになっていて、正攻法はもう取れそうにないなと思ったから酔った勢いに任せて大胆な行動に出ることにした。いきなり知樹の腕に手を回し、体を密着させ頭を肩によせて

「ねえ、疲れたから…ちょっと休もう?」と囁く。

「ええ?オイオイそれって…」

うろたえる知樹をお構いなしに、私の足取りは大通りを外れてホテル街へ向かっていく。

「いいからいいから、少しだけ…ね?」

頬を赤らめたにやけ面で艶っぽい声を出す。昔よりは少しくらい色っぽくなったかな?

知樹がシャワーを浴びる音が響く。先にお風呂に入った私は用意されたバスローブをまとって大きなベッドの上に正座していた。

(あーどうしよどうしよどうしよどうしよ!)

両手で覆った顔がとても熱い。勢いに任せてここへ来ちゃったけど、シャワーを浴びたもんだからちょっと酔いが覚めてしまった。でもせっかくのチャンス、逃がすわけにはいかない。そろそろ結婚したいと考えていたし、それには知樹が最もふさわしい相手だと本気で思う。地元に帰って知樹と幸せな家庭を築いている妄想が無限大に拡がっていく…。ちなみに私たちは、中学までの付き合いだったから男女の関係はない。そのせいかな?ちょっと過剰に緊張している気がするのは。

「あれ、起きてたの?疲れてるって言ってたからもう寝ちゃったかと思った」

タオルで頭を拭きながらバスローブ姿の知樹が出てきた。ここまで来て先に寝るとかありえないでしょ!って言いたくなったけど実際の私は「うん、なんか目が冴えちゃって…」と頭をポリポリ掻くだけだった。

「まあ今日いろんな事があったからね。興奮して眠れないんだろうね」

そういって知樹はバスルームへ戻っていき、今度はドライヤーの音が聞こえてきた。
私はベッドの中に入り込み、胎児みたいな格好で毛布にくるまる。心の中で覚悟を決める。絶対決めてやるって決意を固くしていく。告白のセリフを何パターンか考えていると、背中の毛布が拡がり知樹が入ってくる感覚があった。

「ごめんね。横、失礼するよ」

彼はなるべく近づかないようにしているのか、私に背を向けてベッドのギリギリ端に寄っている。どういうこと?もしかしてチェリーなの?いやそれにしては入るまでの手際は良かった…じゃあ私に魅力がないって事?そんなぁ…。

悔しくなった私は、中学の時よりずっとたくましくなった背中にそっと身を寄せた。

「おい、梨子…」

彼は首をこちらへ向けつつ身じろぐ。逃がさない様に、今度はギュッと全身を押しつけるように抱きしめる。

「……私、成長したでしょ?大人になったでしょ?」

広い背中に耳を当ててみると、かすかに心臓の鼓動が伝わる…温かい。

「ああ、凄く…魅力的になったよ」

彼は背を向けたまま、無愛想気味に答える。

「だったら!」

半ば無理矢理、憧れの背をベッドに押し倒し私はその上に乗った。

「もっと私のことちゃんと見てよ!」

まじまじと見つめ合う。吸い込まれそうな彼の目はあの頃と変わらない形をしているけど、瞳の奥にはあの頃の輝きはなく、どこか哀しげだった。勢いに任せて顔を近付け10数年ぶりの口づけを交わす。歯磨き粉のミントが香る。
何拍かの濃密な沈黙が過ぎて2人は一度離れる。知樹は顔…いやそれ以上に、目を合わせないようにしていた。口を固く結んで渋い表情をしているのをみて、とても哀しい気持ちになる。

「私たち………やりなおそう?」

でももう止まれない。自分の気持ちを最後までさらけ出したい。

「今日一緒にいて、とも君がやっぱり一番だって思った。とも君が良かったら…私仕事辞めて、地元に帰るから、一緒に暮らそうよ。私たちお似合いだよ?」

上手く伝えられる自信はないけど、あの時からのもやもやした気持ちも上乗せして、出来るだけ振り向いて貰えるように頑張った。

「ねえ?とも君はどうだったの?一緒にいて楽しかった?」

「うん…とっても、楽しかったよ。だけど…」

知樹は顔を逸らしたまま、歯切れが悪そうに口をもごもごさせている。

「ならどうして?なんで私を見てくれないの?」

もう一度キスをしようと知樹の顔を両手で抑え、唇を近付けていく。すると彼は強引に手を振りほどき、激しく起き上がったので私の馬乗り状態も解除された。

「…………………………だよ」

重い沈黙の中、知樹はボソッと何かを呟く。

「え?」聞き取れなかった私は、背ける彼の顔を必死にのぞき込む。

「…結婚してるんだよ、俺」

私の足下から、何かが崩れ去った。

「3年前に大学時代から付き合っていた人と結婚したんだ…もう子供もいる」

今度は私が彼の目を見ることが出来なくなっている。

「出張前に喧嘩したまま出てきてさ、むしゃくしゃしてたってのもあるけど…なにより久しぶりに君と会えたのが嬉しかったから、今日の昼間は魔が差したんだろうね。でもここにきて家族の顔が浮かんできてさ…やっぱりこういうのは、よくないよ」

「そんなの…言わなきゃわかんないのに」

自分が間違えていることはわかっているけど、俯いてふてくされる。

「ごめん。でも逆の立場だったとしたら、君は嫌でしょ?」

それはそうだけど…そうじゃないの。私は貴方を独り占めにしたかった。それなのに初めから居場所すら用意されていなかったなんて…それが悔しくてたまらない。

「俺たちはあの時、すれ違ったままもう戻れなくなったんだよ」

もう…もうわかったから。それ以上言わないで。壊れちゃいそう。

「…ねえ…あの時の約束、覚えてる?」

私は残された最後の疑問を聞くことにした。

「………」知樹は黙ったまま、目が泳いでいる。

「『将来ピアニストになって海外でも演奏出来るくらい上手くなったら、私を迎えにくる』って。あの約束は破るの?ずっと待ってるんだよ、知樹が迎えに来てくれるの」

「ピアノは…高2で辞めたって言っただろ」

「なんで?あんなに好きだったのに?毎日私に得意げに弾いてみせてたのに!?」

「……才能なかったからな。所詮井の中の蛙だったって事に気づいて飽きちゃっただけだよ」

「嘘…嘘よ…とも君はピアノとっても上手で、すごく楽しそうに演奏してた…あの時の顔、今も覚えてる。辞めたなんて信じられない!」

「人は変わるんだよ…梨子」

知樹は何もかもを諦めたようにかぶりを振った。

もうここにいたくない。私が知っているはずの知樹はどこか遠いところへ行ってしまった。ここにいるのは私が知らない別の誰かだ。彼と人生のレーンが交わる事はもう一生来ない。
限界を迎えた私は部屋を出て行こうと、自分の手荷物を持ってドアに向かってかけだした。

「待ってくれ!」

彼は私の右腕を強く掴む。私は「離して!」と叫びながら振りほどこうと体全体でもがいた。気持ちが全くないのに、この人はどうして私を引き留める?何度も体を揺すっていると、急に力が緩んで私は前につんのめった。
何事かと彼の方を見ると、彼は自分の腕を抑え、痛そうに震えている。

「その腕、まさか…」

私は知樹に近づく。呼吸を乱しながら腕をさすっている彼の手を取り、腕の内側を見る。手のひらサイズの手術跡がそこには残っていた。

「………………ごめん」何を言われるよりも先に、知樹は謝ってきた。

「やっぱり…『飽きた』なんで嘘だったのね。その傷のせいなのね?」

「ああ…高校の時、交通事故で両腕がぐちゃぐちゃになった。今はもう日常生活に支障はないけど、激しい運動や細かい動きは出来なくなった」

「正直に言ってくれれば良かったのに」

「言えるわけないだろ?唯一の君との約束を果たせなかったんだ。俺は情けない男だ」

「…そんなことないよ?」うなだれる彼の頭を、私はそっと包み込んだ。

落ち着いた私たちは2人並んでベッドに横になる。知樹はまだ遠慮があるのかすぐに背中を向けた。

「ねえ、もう変なコトしないからさ。背中に触れてて良い?」

今日だけだから、せめてこれだけは許して欲しい。
知樹は背を向けたまま何も言わない。私の指先が彼の背中にそっと触れる。何も言わない。腕を引き寄せる。何も言わない。ついに広い背中全てを抱きしめても、何も言わない。
その沈黙が、とても嬉しい。顔を埋めて、深い呼吸をすると男らしい良い匂いがした。
羨ましいなぁ…奥さん。こんな素敵な人と毎日一緒だなんて。どうして喧嘩なんかしたんだろう?次に大喧嘩したら今度こそ私が奪っちゃおうかな。お子さんもきっと可愛らしいんだろうなぁ…そういえば性別聞いてなかったな。地元に帰ったときに会わせてくれるかな?

…ああ、この人の家族はどんな人生を歩むのだろう。どんな幸せを築くんだろう。どんな困難を乗り越えるんだろう。私の想いはしばらく消えないと思うけど、せめてこの人達の幸せだけは願い続けよう。そしていつかは、私も誰かとその幸せを掴めるようにしよう。

 

だから今日だけは…。

 

いつの間にか、彼の背中はぐしょぐしょに濡れていた。

 


夜明け前、始発電車が出る頃に私はホテルを出た。彼に気づかれないようにこっそりと、一枚の手紙を残して。


  知樹さんへ


   こんな別れ方でごめんなさい。
  
   直接だとまともな顔で終われる自信がないから、挨拶もせず出て行くことにしました。

   思えば今日偶然会えたのは、初恋の残り香を完全に消すチャンスを、神様が与えてくれたのかも知れません。

   色々と叶わないことばかりで辛かったけど、貴方は貴方の道を歩んでいるということがよくわかりました。

   私ももう貴方の影を追うことなく、新しい人を見つけたいと思います。

   奥さんとお子さんと、末永く幸せでいてください。


   あ、私が地元に帰ったら、飲みに行くくらいはしてよね?



   じゃあサヨナラ、一番好きだった人。

                                              小倉 梨子