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日記・好きな事の考察や感想・オリジナル小説等を書いていきます。

オリジナル小説『友達100人できるかな?』第4話

これはおじさんのオリジナル小説です。

毎週水曜日の21時更新を予定しておりますので、暇つぶしに良かったら

見てってくださいまし。

*前回のあらすじ*
サキについて詳しく話を聞くために井川邸を訪問した麻弓。30年前に行方不明となった愛娘を待ち続けて孤独になった井川さんに心を打たれ、サキを見つけてちゃんと弔うことを約束する。捜索の足がかりとして自分を助けた登山家に目をつけ、連日SNSを調べついに登山家を特定、駅前の喫茶店で会う約束をするのだった。

第4話 <現場検証>

 日曜日、約束の時間よりも30分早く喫茶店『イエスタディ』についた私は、人生初の喫茶店を前に妙に緊張していた。元々は心配だからと母も同行する予定だったが、急に職場でヘルプを頼まれたので行けなくなり、結局菓子折だけ託されて1人で浅山さんと会う事になってしまった。母がメールのやりとりを見て浅山さんの誠実さが伝わり、1人で会わせても問題無さそうと判断してくれたのはラッキーだった。
 木製のレトロな雰囲気のドアを恐る恐る開ける。からんからんとドアベルの音が店内に鳴り響き、可愛らしい制服の女性店員がやってきて、人数を確認してきた。私は人差し指を立てて店員に見せ
「30分後くらいにもう1人来ます」と伝えた。
 こちらへどうぞ、と窓際の2人用のテーブル席を案内される。窓の外を見るとスーツ姿の男性や自転車で併走する私服の中学生、犬の散歩をしながら暇そうにあくびをする老人等、駅前を行き交う人たちの姿が見えた。
 私たちは事前にお互いの見た目の特徴を伝えあっている。浅山さんは黒のダウンジャケットに薄緑色のジョガーパンツを履いた白髪交じりのオールバックで、焦げ茶色のリュックを背負っているらしい。人通りの中でそれっぽい人を見かけるとあの人が浅山さんかな?と自然と目が追いかけていた。
 しばらくして先ほどの店員がおしぼりとお水を持ってきて、注文を訪ねてきた。オレンジジュースかホットココアで少し迷ったけど、結局そのどちらでもないブレンドコーヒーを注文した。せっかく喫茶店に来たんだし、少し大人の雰囲気を味わってみたかったんだよね。

 コーヒーを待つ間、浅山さんの顔を思い出そうとしたけど顔にもやがかかっているみたいでまったくイメージが浮かばない。あの時は訳が分からない事が起こりすぎて顔の特徴を覚える余裕なんて無かったから仕方ないか…ただ、とても怖い顔で怒っていたことだけは覚えている。また怒られたら嫌だな…と1人で凹んだ。気を紛らわそうと再び窓に目を向け、今度は駅の奥に広がる壮大な山々を眺める。この山のどこかに、サキがいるはずだ。誰かに見つけて貰えるのをずっと待っている…早く井川さんの元へ帰してあげたいと私は改めて今日の目的を強く心に意識した。

「お待たせしました、こちらブレンドコーヒーです」

 意識を山の方へ向けすぎたせいで、突然声をかけられて内心びっくりした。店員さんは湯気の立つコーヒーをそっとテーブルへ置くと、
「ごゆっくりどうぞ」とさわやかな笑顔で伝票を置いてカウンターへと戻っていった。
 テーブルに備え付けられている角砂糖1個と、一緒に運ばれてきたミルクを入れ、スプーンでかき混ぜる。口元へカップを近付けると、コーヒーのいかにも苦そうな匂いが鼻を刺激した。ゆらゆらと立ちこめる湯気に2、3回息を吹きかけて、一口すする。

(うへぇ…苦ぁ……)

 やっぱりココアにしておけば良かった。とちょっと後悔する。コーヒーを楽しむことは私の舌ではまだまだ先になりそう…。それからずっとコーヒーにはほとんど手を付けずにスマホでゲームをしていた。
 ゲームに夢中になっていると、

「あのー……篠原さんですか?」

 といきなり声をかけられる。

「へっ?あ、わっ!」

 思わず変な声が出た。ついでにいうとゲームも失敗した。恥ずかしくなった私の目の前に、白髪交じりの中年男性が立っている。

「……そ、そうです。あの……えと……」

 やっぱり初対面(ある意味違うけど)の人って苦手だ。しどろもどろになりながらいつものように目を合わせずにぼそぼそと喋る私に、男性は優しく笑いかける。

「ああ良かった。初めまして、浅山昇です。お待たせして申し訳ない」

 言いながら背負ったリュックをテーブル下にしまった浅山さんは、とても厳しそうな見た目をしているけど柔らかくて丁寧な挨拶をしてくれた。挨拶もそこそこに目の前の椅子に座り、店員さんからおしぼりを渡されてすぐにナポリタンと食後のコーヒーを注文すると

「何か食べる?」

 私の方にメニュー表を向けた。そういえばお昼時だった。そう思ったとたんにお腹が空いてくる不思議。

「じゃあ、オムライスお願いします…」

 丁寧なお辞儀をしてその場を離れる店員を二人で見届けた後、浅山さんが話しかけてきた。

「ここのナポリタン、とても旨いんだ。もう30年ぐらい食べてるけど全然飽きない」

「えっ、そんなにやってるんですか?このお店」

「俺が君の年ぐらいの頃から現役だよ。マスターはさすがに2代目になっちゃったけど、質は昔から全然変わっちゃいない」

 待ち合わせ場所にここを指定した理由が分かった。私もいつまでも通えるいきつけの素敵なお店が欲しいな。

「それはそうと、あの時のこと改めて謝らせてくれ。本当にすまなかった。君が飛び降りると思ってこっちも必死だったんだが……なにも見ず知らずの小学生をいきなり叩くことはなかったなと後からとても後悔したよ」

 浅山さんは深く頭を下げた後、ばつが悪そうに頭をかいた。

「そんな……謝らないでください。あの状況じゃ誰でも必死になって止めますって」

 私は顔の前で手を横に振る。

「病院に運んでくださったし、もしあの時浅山さんに会わなかったらと思うと……本当に感謝しています」
 深々とお辞儀をして、母から預かった菓子折を取り出す。

「これ、受け取ってください」

 我ながらナイスタイミング。

「これはこれは、丁寧にどうもありがとう」

 浅山さんは手を伸ばし菓子折を受け取ると、リュックの脇に置いた。

 それからしばらく雑談をした。基本的に浅山さんが自分の仕事のことや趣味の話をしたりすることが多かったが、適度に私の事も質問してくれて、学校や家、都会に住んでいたときの事をスムーズに話すことが出来たので会話が尽きることはなかった。雑談の間に頼んだメニューが来て、浅山さんが語る『イエスタディ愛』を聞きながらオムライスを食べる。お家でお母さんが作ってくれるような素朴で優しい味だ。
 浅山さんが食後のコーヒーを飲んでいると、私の殆ど手を付けてない冷めたコーヒーに気づく。

「コーヒー、飲まないの?」

「あ、はい…ちょっと苦くて……私にはまだちょっと早かったみたいです」
 私は苦笑いを浮かべる。

「甘い物と一緒なら平気だよ。何が良い?」

 浅山さんはメニュー表を手に取りデザートのページを開いて品定めをする。私も甘い物は食べたいけど、さすがに予算オーバーだ。

「お金もあんまり持ってないので、今日はいいです」

 と正直に断った。そしたら浅山さんは

「俺が払うから大丈夫だよ。なんでも好きなもん頼みなよ」

 と言って私にメニュー表を渡す。アップルパイが目に入り、食べようかなぁと一瞬思ったけどすぐに思い直し

「いや悪いですよ。今日初めて会った人に出して貰うだなんて」

 メニュー表を閉じてテーブルに戻そうとすると、浅山さんはクスッと笑って

「君は変に真面目だなぁ。子供と一緒にいて、払わない大人がどこにいるんだよ。そんなこと気にしなくて良いよ」

 と良いながら自分でメニューを見て

「決めないなら先に頼んじゃおう」

 すぐに店員を呼んで、モンブランを注文した。

「お客様は?」

 続けて店員は私の方にも訪ねる。思わず「じゃあ、アップルパイを」と答えてしまった。
しばらくして私の元に届いたアップルパイは、リンゴの風味が強めの程良い甘さでコーヒーとよく合った。コーヒーを飲むときは甘い物必須だな。
 空腹も満たされた所で、私は本題を切り出す事にした。

「あの…お話ししていた相談したいことについてなんですが…」

「はいはい。俺が助けられることなら何でも来い!」

 浅山さんは明るくニカッと笑う。私はまずサキに関する今までの出来事を全て話した。そして井川さんの元へサキを還してあげようとしている事、浅山さんが飛び降りるのを止めてくれたあの崖まで行けば、サキに関する何かが分かるかもしれないと言うことを伝えた。

「うーむ………」

 腕を組んで何か考え事をしている浅山さん。しばらく間が開いて、話し始める。

「……30年前に少女の失踪事件があったことは覚えているよ。地元で有名な地主の娘さんでしばらくニュースで騒がれていたから、印象に残ってる。にわかには信じがたいことだが、君の本気っぷりを見るにからかっているとも思えん。一度行って確かめて見ても良いが…」

 そう言ったきりまた黙ってしまう。

「どうしたんですか?」

 思ったより長い沈黙だったので、耐えきれず訪ねる。

「……いやあそこはね、曰く付きの場所なんだよ。あの付近は事故も多いし、小学生に言うのも何だけど……その、自殺の名所だったりもするから登山してる連中はまず寄りつかない」

「なんで私を助けたときはあそこにいたんですか?」

「たまたまだよ。普段滅多にないことなんだが、あの日は道に迷ってしまってね。GPSもコンパスもあてにならないから知ってる道を探そうとしていた時に、偶然あの道に出てしまってね。君が目の前をふらふら歩いててそのまま崖から飛びおりようとしてたから、必死こいて止めたんだ」

 知った道に出たお陰で病院にいくまでは早かったから良かったけどね。と付け加えて浅山さんは小さく笑った。

「あの時、サキは見ませんでした?私の目の前にいたんですけど」

 念のため、確認する。

「いや、君一人しか見なかったよ」

 やっぱり、サキは私にしか見えていないのか。

「そうですか……分かりました。その辺のことも含めて、私は全て確かめたいんです。お願いします、あの崖まで一緒に来てくれませんか?」

 私は深く深くお辞儀をする。浅山さんが声を出すまでずっと。

「………………わかったよ。ただし、危ないことは絶対しないこと。何かヤバいものを感じたら、すぐに逃げること。いいね?」

 顔を上げ、真剣なまなざしで頷いた。

 浅山さんが乗ってきたワンボックスに同乗し、山に向かう事1時間。鬱蒼とした雑木林が広がる山道をひたすら登っている。もう何回カーブで体を揺すられたか分からない。なんで車って眠くなるんだろう、特に山道…私は助手席で襲いかかる睡魔と戦っていた…。

「ついたよ」

 はっとなって目を開ける。いつの間にか眠ってしまったようだ。山道中腹の待避所に車は泊まっていて、浅山さんは私を起こすとドアロックを解除した。

「疲れちゃった?」

 後部座席に置いたリュックの中を漁りながら、浅山さんは私に聞く。

「いえ、なんか車って眠くなっちゃうんですよね…すみません…」

 私は少し凹んで、頭を下げた。せっかく連れて来てくれた人に失礼な事をした。

「仕方ないさ。俺だって運転してなかったら5分とかからず落ちてるね。」

 浅山さんは強面だけど優しい。もう一度私は頭を下げる。

「さっ、もう出れる?」

「大丈夫です」

 私は持ってきた手荷物全部、浅山さんはリュックから取り出したポシェットを腰に巻いて、車を降りた。辺りを見渡す。まっすぐに伸びる下り坂と、S字カーブになっていて先が見えない上り坂。ガードレールの向こう側は、見飽きるくらいの木々が連なっている。最初来たときはパニックだったし、日暮れ間近だったのであまり見えていなかったが、思ったより視界は悪くない。曰く付きとか、事故が多いとか言われる理由はいまいち分からなかった。

「君と会ったのは、この先だよ」

 浅山さんは上り坂を指さして、先導する。歩くのか…と正直私は思った。

「なんで車で行かないんですか?」

「ここから先は道幅が狭いし急カーブが続いて、それこそ事故の元になるから」

 S字カーブの先まで歩いたとき、浅山さんの説明に納得がいった。さっきまで車2台分の道幅だったのに、急に1台分スリムになり、10m先が分からない位に入り組んだ山道が続いている。さらに20分くらい歩いて、息が切れそうになる急勾配を登り切ったとき、私はその場所に辿り着いた。
 脳裏に焼き付いた景色と同じだ。強烈なヘアピンカーブの先端から崖下を見下ろす。見ただけで吸い込まれそうで、私はくらくらした。緑色の牙を生やした怪物が、口を開けて待ち構えているみたいだ。

「………何も無いようだね」

 しばらく一緒に見下ろしていた浅山さんは言った。確かにここから眺めても木の先端がとげとげしく連なっているのが見えるだけで、下がどうなっているのかまるで分からない。

「崖下まで行くことって出来ませんかね?」

 私は浅山さんに尋ねる。

「それはちょっと難しいんじゃ無いかな。整備された道じゃないし、なによりこれから暗くなる。危険な事はしないと約束したろう?」

 少し残念……と思いつつ、私はゆっくりと頷いた。

 結局何の収穫も無いまま、私たちは車に乗り込んだ。

「すみません…無理を言って連れて来て貰ったのに、何にも無いなんて」

「気にしなくて良いよ。こっちの都合が良ければまたいつでも車出すからさ」

 運転中の浅山さんは前を見たままそう返した。
 私は左手で頬杖をついて、代わり映えしない景色をぼんやりと眺める。やっぱりこういう事は警察に任せるべきだっただろうか…?でももう30年も前の話だし、なにより私とサキの出会いを正直に説明しても、子供のいたずらと思われてまともに相手にされなさそうだ。

「はぁ…」

 ため息をついたら、ガラスが白く曇る。もうすぐ冬か…夏休みの宿題、早く終わらせなきゃとぼんやり思った。

「あれ?…おかしいな…」

 浅山さんがカーナビを片手で操作しながらつぶやく。

「どうしたんですか?」

 私はナビの画面をのぞき込む。ナビが表示している地図では、山中の道路では無く道が無いところを走っていると示している。

「さっきから現在地ボタンを押しても全然修正されないんだ。今どのあたりを走ってるのか分からない」

 ボタンを押すことを諦めた浅山さんは、再びハンドルを両手で持って前だけをみる。

「え…大丈夫なんですか?」

 不安になった私は思わず周りを見渡す。

「まあ、ずっと一本道だから、いずれは大きい道へ出ると思うけどね」

 浅山さんの横顔を見る。なんとなくその表情は硬かった。

 どのくらい山の中を走ったのだろう。来たときの時間よりは明らかに長い。完全に夜になってしまったので周りの景色が見辛くなったうえ、坂道を登ったり降りたりを繰り返したせいで高低感覚が鈍ってしまい、今どの辺りにいるのかまるで分からない。しかも整備が行き届いていない古い山道だから外灯が一切無いし、周りに他の車も走っていないので、自分たちが乗っている車のヘッドランプだけが頼りなく道を照らしていた。
 迷い始めてしばらくは気を紛らわすためにお互い気を遣って雑談を繰り返したが、さすがに話すことも無くなったか、話している状況ではないと言うことか、いつの間にか二人の間には沈黙が流れていた。聞こえるのは、無機質な走行音だけ。迷っている間、何度かスマホでお母さんに連絡を取ろうとしたが、ずっと圏外で通信が出来ない。

「……………こりゃだめだな…」

 先に声を出したのは浅山さんだった。

「篠原さん、悪いけどどっか適当なところで停めるわ」

「え…どうしたんですか?」

 不安な気持ちが支配していた私の声は震えてしまった。

「ガソリンも残り少なくなってきたし、このまま闇雲に走っても燃料を無駄に使うだけだ。どこか安全そうな所で車中泊して、夜が明けて見晴らしが良くなってから帰り道を探した方が良いと思う」

「そうですか………」

 こんなよく分からない場所で一泊するのは気が進まなかったが、他に良い案も浮かばないし、浅山さんの意見に賛成することにする。
 安全な場所を求めてしばらく走り、やがて他の所よりは道幅もあって視界も広そうな所に車を停めた。エンジンを切って浅山さんは車内のライトをつけ、

「こういうことに備えて、毛布と食料は車に常にしまってあるんだ」

 そう言いながら自分のリュックから懐中電灯を取り出し、車の後ろに積んである大型のボストンバッグを開けて、中を漁り始めた。乾パン、インスタント麺、粉末スープ、水、お菓子等が次々と出てきた後、小さく包まれた毛布が2枚、広げられた。浅山さんは小さなポットと携帯用のバッテリーを取り出し、

「とりあえず飯にしよう。お湯沸かすからカップ麺、好きなの食べて良いよ」

 寒いなと思っていた私は、暖かくなりそうな味噌ラーメンをいただくことにした。
 食事後、体力や携帯のバッテリー温存を考えて早めに寝ることにし、浅山さんは後部座席で毛布をまとい、私は荷台に薄い敷き布団を引いて、毛布を掛け布団にして寝るように言われた。あきらかに私の方が良い条件とはいえ、浅山さんはこういうことに慣れっこかもしれないけど、初体験の私にはなかなか過酷な環境だった。

 

                                                                                                                       To be continued...