何でもいいから、500円くれよ!!

日記・好きな事の考察や感想・オリジナル小説等を書いていきます。

池袋で後輩達と <中編>

今回の記事は前・中・後編の3部作でお届けしております。

 先に前編を見たほうがいいかもです...。

 

こちら前編になっております。

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<中編>
3時間にわたるカラオケが終了し、時刻は17時30分過ぎになっていました。
実は19時から某焼き肉チェーン店へ予約を入れており、この隙間時間をどうしようかと言うことになりました。
考え抜いたというか、予定調和というか、雨が降り出していた池袋の空から逃げるように、ビッグエコー付近のゲームセンターへ駆け込みました。

ドヤ顔でQMAの前に座って「検定試験を3人で協力プレーしようぜ!」とコインを入れたんですが、どうやら最新作になったばかりのようでして、検定はアーケードゲーム検定』のみ。おじさんの想定では『アイドル検定』とか『JーPOP検定』とか『少年漫画検定』とかで3人であーでも無いこーでも無いとキャッキャうふふのくんずほぐれつしようと思っていたのに!ああもうどこまでも調子を狂わせやがるなチキショウメェェェ!!



当然そこまでゲーマーでも無い2人は全く付いて来れません。
むしろなんで単独で13問連続正解とかやらかしてるんだ俺。いらんいらんその活躍。


ロックのパチンコテクニックを見たり、アメリ知らぬ間にどっか行っちゃったりと、それなりのエピソードを散布しつつ僕は音ゲーコーナーを探しておりました。
自分で言うのもアレですが、音楽ゲームの実力は一般人が見たらドン引きするレベルです。

まあ僕と遊ぶときは誰もが通る道というか、1度見せて驚かせたいというある種の悪戯心はありますね。
しかし、このゲーセンにはどうやらBEMANIシリーズは置いていないようです。
行方不明になったアメリを何とか見つけ出し、お隣のラウンドワンへ。
ありました。ポップンミュージックの筐体が4台も。見事に閑古鳥が鳴いております。ポップンのゆく末が心配になりますが、まあいいでしょう。早速2人の目ン玉飛び出させてやるぜ!
カラオケのお返しじゃ!!






………あ、100円玉ねーや。ちょっと両替してくるねー。



トトトトト………。


ウィ~~ン……ピッ!ジャラジャラランガ!!


トトトトト………。

 





..............................。

 

 

 

 

 






2人共いねぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!

めっちゃキョドキョド周囲を見回してしまいました。
喫煙所かな?トイレかな?そんな心配をよそに、ロックから1件のライン。

 

『上の階でガンダムしてます』

そこは『ロック、いきまーす!』とでも言って欲しかった。
まだまだ甘いですね。

いつ戻ってくるか気にしつつ、1曲目はLv.33、2曲目はLv.38とそこそこのレベルをチョイス。しかし、一向に戻ってくる気配が無いのでラストは開き直ってコンテンポラリーネイション2EX(Lv.46)へ特攻。

 

曲を知らない人のために家庭用ですがプレイ動画をyoutubeにupしました。


コンテンポラリーネイション2 EX【家庭用プレイ動画】 

 

 この曲の難易度をあえてドラゴンボールで例えるならダーブラぐらいでしょうか。(結構強いでしょ?)

 

 


クリアゲージ3本残して見事クリアしましたが、その喜びを分かち合う友は誰もいませんでした。

寂しくなっちゃった僕は、上の階へ合流することにします。
見せて貰おうか。エクストリームVSの面白さとやらを!とか思いつつエスカレーターに向かっていると、なんとアメリが降りてきたではありませんか。
さっそく僕は予定変更し、入学してまもない大学生を新興宗教へ誘う先輩のような目で「一緒にポップン、やってみない!?」と勧誘します。
快くOKをいただき、2人でバトルモードをしました。そこそこ気に入って貰えたようで、「もう1回やりましょう!」と2回目は自分からコインを入れてくれました。
いやはや嬉しい限り。将来ネット対戦をする日が楽しみですね。

2回目のバトルを終え、時刻は18時45分を過ぎていました。
そろそろロックと合流して、焼き肉屋に行かなきゃいけません。
上の階で『僕が1番、ガンダムを上手く扱えるんだ』状態だったロックにそろそろ行こうの合図を送りラウンドワンを後にし、今度は焼き肉屋へ移動します。

(ガンダムネタに関しては自分糞ニワカなので、誤用している可能性もありますが若さ故の過ちという事で大目に見といてくださいまし…)

後編へ続きます!

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池袋で後輩達と <前編>

今回のブログは前編・中編・後編の3部作になっております。

 

<前編>
職場の元・後輩達と池袋で遊んできました。

14時に駅前集合予定だったんですが、僕は諸事情により午前10時半にはとっくに現地入りしてました。

なぜかというと、某書類を職場に届けるというミッションが午前中に組み込まれていたせいで、先に職場を経由してから池袋に移動するという面倒臭いスケジュールになっていたからでした。

家から直でいけば池袋なんて30分以内でつくのに、職場を経由したことでめちゃめちゃ遠回りになりました。
3人が来やすい場所にしようと計画して池袋にしたのに、出鼻くじかれた感が否めません。

しかも遠足前の小学生かというくらい前日夜寝付けなかった僕は、さすがにちょっと仮眠しようと漫画喫茶に行きます。
ちなみに11時の時点でトータル起床時間は20時間になろうとしていました。
集合時間まで後約3時間、少しでも寝ようと机に顔を突っ伏させました。
おかしい、眠いはずなのに、眠れない。
5、6年前はこんな環境でもヘッチャラで爆睡出来たのに、寝るのも若さと体力がいるんですね。

気がつくと僕の手元にはToLOVEるダークネスの1~3巻が握られていました。モモ好き。 

To LOVEる -とらぶる- ダークネス (1) (ジャンプコミックス)

To LOVEる -とらぶる- ダークネス (1) (ジャンプコミックス)

 

 



結局正しい意味漫喫満喫し、仮眠時間としては合計15分くらいで元・後輩達を迎え入れます。

 

 


2人ともとてつもなくシャレオツな格好で降臨されましたよはい。
1人はロックバンドのボーカルが来てそうな服
もう1人は80'sアメリカの大学生風ファッション
どちらも見事に似合っておりましたよ。
お、おじさんはというと………ゲフンゲフン。

 

 

 

 


す、すてぃーぶじょぶずにあこがれているだけだもんね!


 

 

 


地味とかダサいとか超越した存在なんだからね!!

 

 

 

 

 






誰かオラにファッションセンスを分けてくれーーー!!!





アメリカの大学生風の子(以下、アメリ)に今日のファッションの総額を嫌らしい話、聞いてみました。
Yシャツ1枚でおじさんの全身コーデ2回分と言えば、その差伝わりますでしょうか。
聞かなきゃ良かった…

ああマジで自分に似合う服を買うセンスが欲しい。
1人で服買いに行って店にいるときは「俺すげー良いセンスしてるわ!」と意気揚々で買って帰り、家で彼女に「これどう?」と見せたときの「なにそれジジ臭い」と言われたときの絶望感たるや。

まあそんな服の話は置いておいて、まずはカラオケをしようと言うことでビッグエコーに行きました。

注目はロックボーカル風の子(以下、ロック)。事前情報で彼はDAM精密採点で95点を出した事がある』と豪語しておりました。
熱い譲り合いからの公平なジャンケンにより、最初にマイクを握ったのはアメリでした。秋元康系列(ゴメン、何をいつ歌ったのかもう覚えとらんのだわ)のアイドルソングを熱唱し、いきなり86点を出してきました。

な、なかなかやるじゃ無いか………。

続きまして真打ちのロック。こちらも1曲目何歌ったのか覚えてはいませんが、その点数だけは脳裏に焼き付いております。(写真撮っとけよ)






93点以上でした。





おじさん目ン玉が飛び出ましたスカウターの故障か?
いとも簡単にそうあっさりと90点オーバーなんて出せるんでしたっけ?この精密採点って。僕の身の回りにも何人か90点超える実力の人たちはいましたが、2時間歌った内の1曲がギリギリ90点に入っているレベルが限界なのに、池谷直樹がモンスターボックスの11段を手を付かないで跳躍するように、この男はそのハードルを軽々と飛び越えて行きました。

ちなみにその次におじさんがいつも通りポルノを熱唱すると…(キーミノッテッデー♪)

 

 

 



78点でした。(ち~ん)

 

 

 



いやいや、これ普通よ?、平均(以下)よ!?
あんたら2人が異常に上手いだけだかんね!!?

この時点でお察しの通り、おじさんカラオケは大好きで沢山行きますが『別に上手くはない』です。え、皆知ってるって?

その後もアメリ85点前後ロック90点超えを連発していきます。
ハイレベルな2人のカラオケに調子を乱された(と言うことにしといてください。)のか、普段の実力が発揮できないおじさん。

Mugenが71点だったときはさすがに恥ずかしすぎて死ぬかと思った。
(いつもは80点くらいなら超えるんですぅ~ホントなんですぅ~)



(なんか今回()による言い訳多いな…………)




Mugenの大失態を皮切りに何かがぶっ壊れてしまった僕は
ポワダしたり、ガオォォォォと飛びかかったり、ズババンババンバンしたりと暑苦しい曲連発で2人をドン引き熱中させました。

そのお陰か3日経った今でも龍角散のど飴を舐めています。

 

中編へ続きます!

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新宿を歩き尽くす日

新宿へ彼女と共に、外現場時代に世話になった先輩2人に会いに行きました。

先輩の1人は先日の歓送迎会にも参加されていた(2次会のカラオケで朝まで一緒だった)ので1日振りでしたが、もう1人の先輩は実に3年ぶりの再会と言うことになりました。

ちなみに彼女も外現場時代は同期だったので、僕ら共通の先輩になります。

外現場時代、2人には本当にお世話になりました。
右も左もわからない社会人のヒナだった新人時代の僕らに仕事のやり方はもちろん、もっと根底にある『会社で生きるとはどういうことか』をたくさん学ばせていただきました。

現在4人全員が別々の場所で働いていますが、こうやって変わらない姿を見せ合えたのはとても良かったです。またどこかでお会いしたいですね。

 


さて、ここからは『先輩2人に会う前にしていた事』を書こうと思います。
集合時間が19時だったので彼女と「日中暇だから新宿で買い物しようか」という話になり、
・俺の服を買う
Apple StoreMacを買う
・TOHOシネマズ新宿のゴジラが吠える所を見る
と、目的をあらかじめ決めて12時過ぎに家を出ました。

電車に乗ること約20分、新宿について早々ホームで迷う
歌舞伎町で会う予定だったのですが、そもそもどこの階段を上がれば中央東口に近い改札に出れるのかが分からない。俺は新宿そのものが3年ぶりで、新宿で一時期働いていた彼女の先導に身を任せていると速攻で目的の階段と逆方向へ歩く方向音痴ぶりを発揮。
ホームの端から端まで歩いてようやくそれらしき階段を見つけ、今度は新宿駅ダンジョンから脱出するゲームが始まります。

ふと思ったけどバラエティ番組の企画で『家で寝ている芸人を新宿駅構内のどこかにこっそり移動させて、起きた瞬間から1時間以内に指定の場所から外に出られたら賞金100万円!!』とかやったら面白そう。


もちろん地図やスマホなど情報源は一切与えません。(ガチ遭難しそう)


我々も少々迷いましたが、なんとか地上に出ることに成功しました。歌舞伎町へ向かうため、通りの看板を見て「じゃあこっちだね」と彼女が先を行きます。

しばらく歩くと、素敵な東京都庁が目の前に広がってきました。

もう一度言いますが、目的地は『歌舞伎町』です。その為に東口から出たハズなのに、いつの間にか西口側に来ていた恐怖。都会の闇は深い。

ぐるーーーーっと遠回りをして、ようやく歌舞伎町一番街へ到着。新宿駅に着いたのは13時くらいだったと思いますが、すでに14時過ぎとかになってました。まだ何もしてないのに。

簡単に待ち合わせ場所と居酒屋の場所の下見をした後、目的の1つである『TOHOシネマズ新宿のゴジラ』を見に行くことにしました。

 

ビルの天辺からひょっこり頭を出したゴジラさん。凄い迫力だけどなんか可愛いと感じたのは僕だけですか。ほらあの爪をチラ見せしている辺りに『萌え袖』に通ずる何かを感じるんですよ。

1時間おきに吠える演出が入るという噂を聞き、次に吠えるのは約30分後の15時と言うことで、その瞬間を見るために周辺で時間を潰すことにします。
何をしようかと散策していると、美味しそうな肉の匂いが鼻腔を刺激しました。

その正体は歌舞伎町ルネシティ広場で開催されている『アフロ・アメリカン・カリブゴールデンウィークフードフェスタ・グランプリーコンテスト2018』(名前長っ)に出店しているお店達からでした。

 

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公式URL:アフリカン・アメリカン・カリビアン・カルチャーイベント » grandprix2018


ワイルドなBBQの匂いにつられて、僕たちはふらふらと会場内に入っていきます。

ここまで想像以上に歩きまくったので、体は肉を欲していました。ゴジラも近くにいることですし、まさに野生解放、本能覚醒です。(ア~ア~アァアアァ~~♪)

場内のドリンクは高いのであらかじめ近場のコンビニで水を入手した後、2人共『シュラスコ』を購入。
ぶっとい竹串に分厚い肉が6切れほど突き刺さり、香ばしく焼かれた後にさわやかなトマトソースがぶっかけられる。

そんな露骨に液体液体したものをぶっかけられるとは正直思いませんでした。


縦横無尽に串を振り回して豪快にむしゃぶりつくつもりだったのに、ちょっとでも斜めに持ったらソースが垂れるからいみじくも慎重に食べなくてはならない。間違いなくワイルドとはほど遠い。これはブラジリアンから日本人に対する宣戦布告なのか。

 


「『服が汚れる』とか『食べ辛い』とかそんなことを気にしているようじゃあ、まだまだ野性に還ったとは言えないネ!HA☆HA☆HA!!

 


そんな声が太平洋の彼方から聞こえてくる気がしますが、我々は所詮ジャパニーズピーポー。お上品に粛々と食べさせていただきますわよHO★HO★HO。

 


肝心の味の方はというと、肉本来のうま味を重視するためか下味はシンプルに塩のみで、噛めば噛むほど肉のうま味が口に広がり、程良いタイミングで邪魔だと思っていたトマトソースが脂のしつこさをさっぱりと消してくれます。簡単に言えば『めっちゃ旨かった』です。

食べ終え大満足して「じゃあゴジラを見ようか」と思った矢先、彼女が「手が汚れたからトイレで手を洗いたい」と申し立ててきました。
近くのゲーセンに入ってトイレで文字通りお手洗いして、外に出ました。
時刻は15時3分。

 



...ゴジラチャンス、逃しました。

 

 


まあ彼は1時間おきに健気に泣いてくれます。次のタイミングを待てばいいさと言うことで、ちょっと座って休憩できる場所を探すことにします。
コーヒー飲みたいから喫茶店が良いなぁと思っていたんですが、ミスドを発見してドーナツ欲が高まり即入店。

GWの店内はそこそこ混んでいて、カウンターに2席並んで空いているところを見つけてなんとか座席確保。まったりと3時のおやつを楽しみます。

気になったのは2名がけのテーブル席に1人で座っている女性がいたんですが、『食べ物も無く、飲み物もとっくに空になっているのに平然と居座り続けている』んですよね。
誰か連れを待っているのかと思いましたが、結局30分以上居座った末、退店しました。



あなたがカウンターに行ってくれたら、世の中もっと平和になるのに。



それともあれか、あの席だけ相席屋か何かだったのかな?
だとしたら誰も相手が現れなかった女性の心中…お察しします(泣)

久しぶりに人混みの中を長時間歩いたので1度座ると疲れがドッと足に襲いかかってきます。ちょっとまどろんだりもしました。気付けばミスドに入って40分くらい経過していて、時刻は16時2分とかになっていました。

 

 

 



......ゴジラチャンス、逃しました。

 

 

 



そして彼女からゴジラとかもうよくね?」無慈悲な通告を受け、結局ゴジラが吠える瞬間をこの目で見ることは叶わず、買い物へと目的をシフトさせます。
向かった先はApple Storeある新宿マルイ本館。適当にデパート内を周回した後、本来の目的であるMacを買う』為にApple Storeへ入店。

イケメンだけどめっちゃ咳き込む店員のお兄ちゃんからアドバイスを受けつつ、どれを買うか決定しいざ購入しようと思ったんですが、彼女から


「待って。これから呑みに行ったりするのに新品のPCなんて持ってて傷つけたり店に忘れちゃったら悲しくない?ネットで注文出来るなら後で家でやれば良くない?」


とごもっともな指摘を受けて、現地でMacを入手することは断念します。

兄ちゃんの容態を心配しつつ、Apple Storeを後にした僕たちは今度は服を買うために街を歩きます。
新宿通りをブラブラしていると、『ビックロ』を発見。

どことなくピッコロを彷彿とさせる名前ですね。

このお店は、ビッグカメラユニクロフュージョンした、家電と衣服が同時に買えるという、なんかよく分からんコンセプトの店です。
この2ジャンルが融合することで、どんな経済効果をもたらすのか…今後期待しましょう。

Macの事が頭に残っていたせいか、ふとスティーブ・ジョブズ氏の事を思い浮かべました。
(ジョブズは無地のシンプルな服を好んでいたけど、スマートで格好良かったなぁ...)
安いし、シンプルだしってことで僕もユニクロで服買おうって事で、ビックロへ入店。

ベジータが泣きながら歯をガチガチさせてるシーン』が大々的にプリントされたTシャツを購入しそうになりましたが、ここでふと我に返る。

 

 


ユニクロって地元の駅前にもあるくね?

 

 


じゃあわざわざここで買う意味なくね?

 

 

 

 


ついに我々は服すらも購入しませんでした。

 

 

 

 


・俺の服を買う
Apple StoreMacを買う
・TOHOシネマズ新宿のゴジラが吠える所を見る

結局何一つ達成していません何のために昼から新宿にいたのか。

その後、集合まで後30分と迫ったので最後にブックオフに立ち寄って彼女が『こどものおもちゃ』と『ブラック・ジャック』を購入し、待ち合わせ場所へ移動して会合前デートは終了しました。

事前に欲しいものは何も買ってないけど、漫画やら肉やらドーナツやら余計なモノは沢山買いました。

どうだブラジリアンよ、これが俺たちのデートだ。
ある意味君らより本能のまま買い物を楽しんでいるぞ。

 

 

 



ワイルドだろぉ~?(古っ!)

歓送迎会に行って来ました

会社の歓送迎会に行って来ました。

詳しい場所をろくに聞かないまま、最終出勤日に事務所でチラ見した歓送迎会開催のチラシに確か『ドンキホーテ』って文字があったなーと言う事を思い出し、ドンキの前で待機。

「店の場所がわかんなくても、張り込んでれば誰かと遭遇するだろう」

と開催時間の30分前から張り込みを始めていました。
しかし、10分前になっても誰一人見知った顔に出会いません。今回の参加者は30名オーバーのそこそこ大所帯なのに、10分前で誰とも会わないのはさすがにおかしいぞと不安になったのでたまらず上司に連絡しました。
するとドンキの近くではなく、ココイチ近くの居酒屋であることが判明しました。
ココイチの方が最寄り駅に近かったので、みんな僕に出会う前にお店に入っていったみたいです(爆)

気で探れたらいいのに。(正しい情報を事前に入手するという発想はない)

会の参加者には社員の他、お世話になった同業他社の方々もいて、その人達からも沢山の励ましの言葉をいただき、改めて僕はこの仕事をしていて良かったと思いました。
今までいろんな人に怒られました。理不尽な思いも沢山しました。その度に「この仕事もう嫌だなぁ…」と憂鬱な気分になっていましたが、それは全て僕の未熟な部分を成長させる為の『の試練』だったのだと今更ながら気付かされました。

「別の道に挑戦してみて、限界感じたらいつでも戻ってきなよ」

こんな事まで言っていただけるとは正直思っていませんでした。
才能も根性も無いゴミクズ野郎が、精根尽き果て尾羽打ち枯らした結果の涙目敗走だから、

メイの馬鹿!もう知らない!」だの「ロクデナシに貸す部屋はねぇ」だの「汚物は消毒」だの

ありとあらゆる罵詈雑言の嵐が幾千の槍の如く僕の体を貫くぐらいの覚悟で参加したんですが、人間とはかくもあたたかいモノなのですね。

最近思うんですよ『人間、根っからの悪人はほぼいない』んじゃないかって。
性格や考え方の違いによってすれ違ったり、衝突したりすることもあるけど最初から「この人を陥れよう」とか「嫌な気分にさせよう」という目的で近づいてくる人はあんまりいないんじゃないかなぁと思います。
まあ今までの人生でははたまたまそんな人に出会わなかっただけで、もしかしたら今後俺の人生をぶっ壊すためだけに関わってくるクレイジーな人(小学生時代に唯一いたけどあれは俺じゃなくて母親の人生をぶっ壊しに来た)も現れるかも知れませんが、俺が実家を離れてから俺自身が関わってきた人達の中にはそんな人はいません。

 


みんなとても優しいです。色んな形で『』を届けてくれます。

 


歓送迎会に参加して良かったです。前に進む為のさらなる勇気や気力を貰い、後ろにはこんなにもあたたかい人たちがついてくれている。こんなに心強いことはありません。


まっすぐに前だけを見て、歩いて行くことが出来そうです。

6年1ヶ月のジェットコースター

昨日は自分にとって特別な日、言わば『インデペンデンス・デイ』です。

なぜならば何を隠そう最終出勤日。まさに『個人的独立記念日なわけです。
長く世話になったこの会社ともついに別れの時が来ました。

通算6年と1ヶ月、まさかこんなに長い間働くとは。
事あるごとに『辞める辞める詐欺』してきましたからね(笑)。

まあこの後一ヶ月くらいは有休消化期間なので、真の意味での退職はまだ先なんですが、とにかくしばらく働かない日々が始まりました。
思いがけずスペシャゴールデンウィークになりましたね。
しかし、ゆるゆるするつもりはございません。既に次の動きは考えてあります。
僕の活動は今後ブログやツイッターなど文明の利器を駆使して発表していければなぁと思います。

さて、会社での出来事でも語りましょうかね。

僕は2012年4月に新卒で入社しました。
前のブログでも書いたとおり、最初は『毎日機材を様々な会場に持ち込んで仮設して、イベントを馬車馬の如くこなす』所謂外現場でした。
入社して1ヶ月で同期が1人辞めたり、連日泊まり込んでいる先輩がいたりと既に『ヤベーとこ感』半端ない匂いはプンプンしていました。
まあ、この業界がキツいのは承知の上、若さ気合いで乗り切ってやるぜ!と半ばヤケクソ根性で食らいつき続けてきました。
ちなみに音響するつもりで入社したのに所属は『映像』と言われました。
何故そうなってしまったかというと、「映像系の学校出身の子らしい」というデマ情報が事前にあったそうです。
まあ電子の専門学校って聞いたらそりゃね……でも学科見てくださいよ。
サウンドクリエイト学科ですよ?どこをみて映像だと思ったのか。

キツいことは最初から覚悟していましたが、想像を絶する辛さでした。
定時で帰れる事なんてほぼ無く、大概午後10時以降に帰っていました。
終電無くなって上司とタクシーで相乗りした事も何度もあります。
でも「こんな自分よりも先輩達はもっと大変な仕事を抱えて遅くまで残業しているんだから、甘えていられないな。自分も頑張らなきゃ」と素で思っていました。
でも元々貧弱ボディだった僕には外現場で毎日ガンガン働く体力はありませんでした。
機材はクッソ重いし、上司の怒声は響くし、終電始発が毎週あるし…。
トラウマになるような失敗も沢山しました。情けなくて何度も色んな所で泣きました。
終電間際で事務所に戻った直後「人手が足りないから来て」と深夜仕込みの現場にそのまま拉致されたこともありました。
更に自分は『緊急時のとっさの判断と冷静な対応力』が著しく欠けていて、仕込みやオペは出来てもお客さんとの打ち合わせや全体管理は任せて貰えませんでした。

思うように成長出来なくて2年半働いた時、僕に待っていたのは『人事異動』でした。
これが今日まで働いていた部署『会場管理』です。
もう心身共に限界だったし、満3年を節目に辞めようとか考えていたのに、幸か不幸か人間関係がほぼリセットされてしまい、新鮮な気持ちで新たにやり直すことになりました。
こちらの部署のやり方は、外現場とは真逆の考え方でした。
若手にいきなり大型案件を任せるような無茶はしません。出来る人が確実な仕事をします。そしてよほどのイレギュラーが無い限り大抵定時で帰る。
異動した最初の1ヶ月はそのギャップに正直戸惑いました。


「え、こんなに働かなくて良いの!?」って。


残業時間が平均60時間以上から20時間以下に一気に下がりましたからね。
その分残業代が減って給料は下がりましたが、機材も基本常設の物を使うので重い機材を車に積み込むようなこともしないし、精神的にも肉体的にもとても楽なりました。
異動したばかりの頃『割と重度の腰痛』に悩まされ布団から起き上がることが出来ず、いきなり上司を困らせたこともありました。恐るべし外現場の呪縛。


ともかく、この全く変わった環境で改めて頑張ろうと元気に仕事に向かうようになりました。先輩方はこの道10年は余裕で超える頼れるベテランばかりだし、質問するとわかりやすい答えが返ってきます。僕は超ラッキーだなと浮かれポンチでした。

 

 

 

 


その油断が、命取りでした。

 

 

 

 


僕は自分が下っ端なので、先輩達の言うことさえ守っていれば安心安全。毎日無難にこなしてはい終了。という気持ちで毎日過ごしていました。成長しようという気が一切無くぶっちゃけ『仕事を舐めていた』んです。

異動して2年も過ぎた頃、上司からこう言った事を言われるようになりました。
「いつになったら一人で現場を任せられるようになるのか」
「知識が足りてないのは日々の勉強が足りないせいだ」
「早く皆と同じレベルの仕事が出来るようになってくれ」
全て事実でした。僕が担当する案件にはほぼ先輩がついていましたし、機材でも会場のルールでも知らないまま突っ込んで危うく失敗する所だったのを救って貰うみたいな事を何度もしていました。
先輩達は全員年が干支一周分以上離れていて、知識も経験も豊富で『自分が判断するより先輩達が決めたことの方が正しい。だから自分は考える必要が無い。言われたことだけ守っていけば良い』というスタンスでやり続けてきたツケが一気に返ってきました。

 

 


完全な自業自得です。これに関してはマジで僕が悪いです。

 

 


なまじ表面的な説明への理解は早かったのも、失敗に拍車をかけました。
100ある事の1を聞いただけで、全てを理解したつもりになってしまったんです。完全に天狗でしたね。
物事というのはそう単純ではない。100の事を知ろうと思ったら1~3くらいまでは他人に教えて貰っても、後は自力で調べていかなくてはなりません。そうしなければ何も身につきません。
それに気付いたのは、20代も半ばになろうかという時期でした。あきらかに周りから遅れていた自分に、ようやく焦りを覚えました。
天狗になっていた鼻をポッキリと折られ、そこから空いた時間に勉強する日々が始まりました。
でも学生の頃から勉強は苦手でした。高校の頃数学の点数はいつも1ケタでしたし、数学が得意な友人とマンツーマンで勉強しても40点がやっとでした。

僕は今までの人生で『努力して何かを得た』という経験が皆無です。
周りの環境に左右されて苦労したことはあったり、自分の才能をフル活用して活躍したことはあっても、日々の努力が実を結んで試験で良い点数をとって上位に入ったり、部活でレギュラーを勝ち取るといった、努力が報われたという思い出がほぼ無いんです。
なので分からないことがあれば勉強しなければいけないことはわかっていても、その勉強をする手段がいまいち分かりません。毎日少しずつ成長しなければいけないのに、その『少しづつ』をどうやって取得していけば良いかが分からない。
失敗した時はその度に何がいけなかったのか調べまくって、「同じ失敗は2度としないぞ」と胸に誓ったり、先輩方の良いと思ったやり方を真似してみたり、自分なりの勉強でなんとか認めて貰おうと試行錯誤を繰り返しました。
(今思えば普通の人にとっては至極当たり前のことですね。とても恥ずかしい。)

しかし、半年経っても1年経っても一向に状況は良くなりません。前と変わらず下っ端のままで、打ち合わせは出来ないわ音響オペも照明オペも出来ないわ大型案件の仕切りも出来ないわと何も成長した証を見せることが出来ません。
唯一認められていた映像オペも常駐の外注スタッフさんに完全上位互換がいるので2軍的扱い。マジで自分がこの職場にいる意味って何だろうと毎日悩む日々が続きました。
今更ですが何故自分が認められなかったのかを考察すると『いつまでも自信が無さそうにしていた』からだったんだと思います。

勉強はしてもそれ自体が間違えているかも知れない。自分が考えて動くより他の人がやった方が早いしリスクが少ない。そんな考えが腹の奥にあるから、それが日常の態度に出てしまい、いつも当たり障りのない返事をして『自分、分かっていますよ』という態度で『いいとこ取り』だけしているのを見抜かれていたんでしょう。
もちろん自分も狙ってやっているつもりはありませんでしたが、深層心理でそんな考えはずっとあったんだと思います。20数年の人生で染みついたねじ曲がり腐りきった精神は簡単には直せません。

 

この頃の僕の状態を例えるなら『子供が三途の川で石を積んでも鬼がすぐ崩しに来る』ようなモノでした。
何をやっても成果が上がらず、日々ただ虚しいだけ。自分の人生そのものがどうでも良くなってきて、髪も切らず、服もヨレヨレ、カバンや靴はボロボロになっても気にしない。
また、周囲も自分にもう見切りをつけていたのか、その態度を注意する人はいませんでした。少し前までは厳しいけど優しかった先輩が「そろそろ髪切った方が良いね」とかはっきり言ってくれました。

 

 


鏡がない世界って、人をこんなにも醜くしてしまうんだ。

 

 


モチベーションは地の底の底まで堕ち、エンジンがかからない車を無理矢理走らせるような気持ちで会社に向かう日々。毎日いつ『辞める』って言おうかと考えていた時、現場でとある『失敗』を起こしてしまいます。
(この失敗エピソードに関しては、今後別記事にしようと思います。)


とにかくこの失敗をきっかけに、僕は完全に気持ちが切れてしまいました。
もうこの職場にはいられない。自分がいても周りの足を引っ張るだけだ。そう強く思いました。
先輩達は皆本当に優しい人たちばかりで、駄目なことは駄目とはっきり言ってくれるし、出来損ないの自分の為に今まで沢山のことを諦めず懸命に指導して貰って、何一つお返しが出来なかったのはとても悔しくて、情けなくて、死にたくなりますが、自分の気持ちは風が吹かない凧。『見返してやろう』という気持ちはもう浮かびません。

上司から失敗について話があったとき、「辞める」意思を伝えました。
上司も僕の心身の状態は察していましたし、この仕事そのものに興味が無い事も、他にやりたいことがあることも知っていましたので、残念そうにしながらも承諾してくれました。
そこから2ヶ月の間、あまり負担のない仕事を任され、新人が入ってきて1ヶ月間だけ一緒に仕事して『つかの間の先輩感』を体験して昨日を持って最終出勤が終わりました。

辛いことや苦しいことが沢山あったけど、僕はこの会社に入って良かったと思っています。
2年6ヶ月外現場で長すぎる拘束時間や連日重い機材を運びまくって肉体的辛さを味わい、3年7ヶ月会場管理で厳しくもまっとうな指導を毎日して貰って精神的辛さ(あえて包み隠さず表現します)を味わいました。

 

 


この2つを転職せずに一気に体験できたのは、とても幸福なことだと思います。

 

 


自分の根本の『駄目な所』なんかが昔よりよく見えるようになったと思いますし、立ち振る舞いも少しは大人になれたと思うし、物事を論理的かつ冷静に考えられるようになりました。
辞める話をする前までは「どうせ自分なんか何やっても上手くいかないよ」とネガティブまっしぐらでしたが、今は「大概のことは出来そう」という妙な自信があります。
まあそうやって調子に乗っているとすぐまた足下をすくわれるので、自信を持ちつつ油断しないように気をつけなければいけませんね。

最後に、ここまで僕を育ててくれた人たちに深く感謝します。
在職中はその恩をあまり返すことが出来ませんでしたが、今後の僕の活動が巡り巡ってほんの少しでもあなた方の仕事や私生活に良い影響があれば良いなと願っています。

 

 


6年1ヶ月もの間、本当にお世話になりました。

5年ぶりの再会

約5年振りぐらいに、専門学校時代に別の学科で世話になった知人に会いました。
彼は役者を志していて、卒業後も数人の有志と共に上京し、バイトをしながら夢に向けて日々精進していました。
それが今年の4月、ついに花開き芸能事務所に所属することが決まったそうです。
これは面白い話が聞けそうだなと思い、自分も話したい事が溜まっていたし忙しい合間を縫って会うことが叶いました。


ちなみに友人ではなく知人というのは何故かというと、学生の時僕はサウンドクリエイト学科で、曲を作る勉強をしていましたが彼は声優タレント学科で、演技やダンスの勉強をしていました。
僕の曲を歌って貰ったり、演劇の際の効果音制作を依頼されたりと、要は学生同士なのに依頼しあうという妙な人間関係で成り立っていたので、信頼はしていたけどプライベートのことは知らないし、遊んだ記憶もほぼありません。
なんで会話するときもため口と敬語がつい混ざってしまいます。

茶店にて学生時代の思い出や卒業後の事、自分が仕事を辞めることなどガッツリ4時間話し込みました。

実際話してみると、彼めちゃめちゃ面白い考え方の人でした。
特に「ピーマンが嫌いな人も好きな人も理由は共通して『苦いから』なんですよ」
って話はかなり心に響きました。
『苦い』って事は決して悪いことではなく、人によって感じ方が違うので「ありのままの自分を出していけばそれが好きだと言ってくれる人もいるだろうし、嫌う人もいるだろう。だから気負わず自然体でいるべきだ」と気づかされました。

話の途中、僕は彼に「もう卒業したし、ため口で話さないの?」と聞いてみました。
すると「僕たち役者は、作品があって初めて演技が出来るのです。作品を作るあなたたちがいないと何にも出来ませんから、尊敬の念を込めてこれからも敬語を使わせていただきます」と返ってきました。


これが同い年か…と僕は自分の矮小さに絶句しました。


仕事をしている間、僕は『相手のことは全く尊敬していないけど怒らせないために仕方なく敬語を使うことにする(本当に尊敬していた人もいますよ!)』って感じだったので自分はなんて恥ずかしい奴だったんだと反省しました。

彼は相手の立場を考えるとか自身のプライドとは無縁の所で、心の底から敬語を使っている。

一緒に仕事をする喜び、自分1人じゃ出来ない事を補ってくれている人に唯々感謝し、尊敬の念を込めて誠実な想いで敬語を使っている。

 


こりゃ彼はいつか大物になるなと思いました。


更に、お金の話になり「貯金はあるの?」とぶっちゃけた質問をしました。
「あるわけないじゃないですかー毎月ヒーヒーですよ」と回答されました。
現在彼は演技の勉強の合間に、日雇いとレンタルビデオ屋のバイトで日々食いつないでいるそうです。
「毎日ちゃんと食べてる?」と続けて僕が質問すると
「それは大丈夫です。毎日食べるだけなら案外なんとかなるんですよ」とさわやかな顔で言われました。

 

その顔に、嘘や迷いはなさそうでした。


厳しい生活環境でも恐れず前に進めるのは

『彼が真心で夢に向かって突き進んでいるからなんだな』と感じました。
思えば学生時代の自分もそんな気持ちで夢に向かって進もうとしていたと思います。
殆どの大人達は『いい年していつまでも夢を見るな。いい加減落ち着きなさい』と注意するでしょう。


いいじゃないですか、何歳で夢見たって。


社会がどうだの、周りの目がどうだの、年相応の立ち振る舞いだの、金だの、立場だの…そんなことはどうでも良いんです。


本当に大事なのは自分がどうしたいか。


自分の人生を幸せにするのは他人でもお金でも権力でも無い。
『自分が満足できる生き方が出来るかどうか』です。
頭では分かっているつもりでした。でもなかなか前に踏み出せなかったのはやはり怖かったからだと思います。
学生時代、岡山から神戸に引っ越して初めての一人暮らしで毎日貧窮していました。それでも日々が楽しかったのは『夢や目標があったから』だと思い出しました。
ただ、現実問題本当に貯金もなくてこのまま卒業して岡山に帰ってもなんにもならんぞと思って必死に就活した結果、東京へ飛ばされる事になったわけですがね(笑)
しかし、6年間の社会人生活でお金は貯まったけど、自分への自信というのはすっかり折られてしまいました。
確かに自分に至らない部分があったり、人間として最低の行為を行ってしまった事も何度かありました。その度に根気よく教育してくれた先輩や上司には感謝してもし尽くせないモノがあります。

でもそれら全てを受け止め、自分なりに成長しようとした結果僕は『潰れて』しまいました。

何でも言われたとおりにこなせる才能が僕にはなかったのです。
毎日嫌だなぁと思いながら仕事していました。こんなはずじゃないと絶望し続けました。
しかし、今の環境に不満を抱きつつも毎月安定した給料は手に入る。明日の食事に困ることはない。

その『安定という名の毒』に僕の心は死にかけていました。
『良い話を作りたい』という夢は空中分解寸前で、何とかしたくてもなんともならない。金はそこそこ貯まったけどもう20代も半ばだし、やりたいことやって失敗した後ちゃんと再就職できるかなぁ、いやこんなダメダメな自分は今の会社を出たらきっとのたれ死ぬ運命だ。
なんて事を自問自答し続け、前に踏み出すことがどうしても出来ませんでした。

 

 


………なんか話がそれてきましたね………この辺については別記事にて語ることにしましょう(笑)

とにかく僕が言いたいのは『自分はなんて中途半端な奴だったんだ』と言うことですね。


嫌な仕事でも毎月安定してお金が貰えるんだから、学生の頃の夢なんかさっさと諦めて我慢して働き続ければ良い。


したいことがあるなら後先考えずただやれば良い。なんかしらやっていれば結果は後からついてくる。


僕はそのどちらにも属せず、両方面でいいとこ取りしようとして結局ろくに成長出来なかったクズ野郎なんです。
今回話題に出ている彼もそうですが、最近色んな夢を持った人たちによく会います。
そんな人たちに共通しているのは『生活は大変だけど目は輝いている』んですよね。
自分は既に別の事情で会社を辞める事は確定していましたが、改めて自分もしたいことをしよう。失敗や成功のことは考えず、ただ自分が『したい』と思ったその気持ちに殉じてみよう。そう強く思えるようになりました。

そう思える勇気をくれたH君。ありがとう。
久々にあってとても良い刺激を貰いました。

いつの日かそうさ僕らは、強い自分自身になれるはず。

そう信じて日々精進し、次に会うときはお互いビッグになった姿を見せ合おう。

漏水事件発生

事の発端は4日前にさかのぼる。

8日、職場にいた僕のスマホに一件の着信が入った。
休憩時に頃合いを見て連絡すると、相手は自分が住んでいるマンションの管理会社の社員で、「自分が今住んでいる部屋(3階)の真下の部屋の天井から水漏れしているから原因が俺の部屋にないか点検したいので立ち会ってくれ」という内容だった。
スケジュールを確認すると、次の日も午後から出勤だったので、「明日の午前中なら対応できます」と答えておいた。

そして9日の午前9時、管理会社の社員が作業員1人を連れて僕の部屋に上がり込んだ。
シンクやトイレ、風呂場など水回りを簡単に点検し、それらしい原因が見当たらないことがわかると、作業員のおじさんから
「水を出し続けていたり、大量の水を一度に溢したりといったことは最近ありましたか?」
と質問された。
全く記憶にないので、僕は「いやぁそんな覚えは全くないですねぇ」と答えた。
とりあえずウチに原因が無いということが分かったので2人は10分くらいでそそくさと帰って行った。俺の早起きを返してくれと思ったが、何事もなかったので良しとするかとその日はそのまま仕事へ行った。

 


しかし、翌10日の昼、自体は一変する。

 


仕事中の自分のスマホに再び連絡が入る。隙を見て電話すると、「2階の水漏れがとんでもないことになっている」というとんでもない連絡を受けた。昨日の点検は一体何だったのか。
またしても次の日は午後入りだったので、前回同様午前9時に立ち会うことに決定。
そして運命の11日の朝を迎えることになる…。

午前8時半、いきなり家の呼び鈴が鳴った。この時、俺はまだ布団の中でほぼ裸だった。
まどろみつつもそろそろ起きて準備しようかなぁと思っていた矢先の不意打ちである。
(9時っつったら9時に来いや!)とか思いつつ、玄関越しに「ちょっと待ってくださーい」と言いながら慌てて服を着て来訪者を迎え入れる。
入ってきたのは前回とは違う初老の作業員だった。30代くらいの部下も連れてきた。管理会社の人はいなかった。僕が「管理会社の人はどうしたんですか?」と聞くと
「大家さんから直接連絡があってきたので管理会社は関与していない」と答えられた。
この時、僕はあることを思い出した。

管理会社との契約時に、『家のトラブルを24時間365日受け付けてくれるサポート』みたいなオプションが年間17000円払うことでつけられると言うことで最初加入していたのだが、いざトラブルが起こると派遣される奴らがことごとく役立たず。
部屋の電球は交換出来ないわ(むしろ壊す)、給湯器が壊れても素人の僕らがするのと大差ないようなショボい対応しかしないわ(しかも直らなかった)、あげく作業車を道の真ん中に路駐して近隣住人からクレームを貰うという毒にも薬にもならないと言うよりむしろ毒でしかない最悪のサポートサービス業者が入っていて、2年の契約更新時に解約したのだった。
そういう時、問題が解決しないので大家さんに直接連絡すると、「あんな奴らより私の昔からの知り合いの方が信頼できるから、何かあったら私に相談しなさい」と言われた。

今回のことも、多分そう言うことなんだろうなと思った。
真下の部屋の住人も、最初サポートに連絡したけど雑な対応で「問題なし」とでも言われたんでしょう。しかし全く問題は解決せず、むしろ酷く悪化してしまったのでたまらず大家さんに連絡したという流れですかね。


そんな事を考えている間に、業者は前回と同じように簡単な目視点検を始める。
やはり原因は見つからないということで、今度は給湯システムを疑い始めた。
ベランダにある給湯器になんかよく分からん機械とホースを取り付け、測定を始める。
機械に水を通す度にメーターが上がり、時間と共に少しずつ減少していく。
何をしているのか訪ねると、「水道管に水を流してその水圧を測定している。正常な状態だと水を流してしばらくはメーターが下がらないのだが、これは流した瞬間から凄まじい勢いで水圧が下がっている。確実にこの管のどこかに穴が空いている」という回答が来た。

やっとこれで次のステップに進めるということで、今度は『穴が空いた箇所』を特定する作業に入る。時刻は9時30分くらいになろうとしていた。
僕は30代の方の作業員に「ちなみにこの作業、何時間くらいで終わりますかね?」と聞いた。「2時間ぐらいで終わると思いますよ」と言われた。
ならまあ大丈夫か、仕事には間に合うなと安堵した僕は、引き続き作業を見守ることにした。


欠損箇所特定中、新たな問題が浮上したことを初老の作業員から告げられる。
「この家は構造がおかしい。普通は2階の天井と3階の床の間に水道管を通しているなら、何かあったときに作業が出来るような最低限の空間が確保されているハズなのに、腕がギリギリ入るくらいの隙間しかない。これでは床を剥がさないと特定が難しい
へぇ、そうなんだくらいの勢いでぼーっと聞いていたら、続けて
「畳を1枚剥がさせて貰います」と言われた。
畳がある和室は寝室として使っていて、水回りと関係ないのでまさか見ないだろうと思っていたのでまだ布団が敷いてあったり、部屋干しした衣類が大量に残っていた。
「ちょちょちょ、ちょっと待っててくださいねー」とかいいつつ、大急ぎで押し入れに衣類と布団を押し込んだ。押し入れなだけにね。
そして

 

 

 

 

 

 

 

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知り合いの裸を見てしまったような謎の緊張感。

 

 


畳をひっくり返すのは忍者ヘソクリ隠したい奥様ぐらいだと思っていました。


しかしここからではなにも見えなかったということで今度は

 

 

 

 

 

 

 

 

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シンクが!

 

 

 

 

 

 

 

 


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床も!

腕が!的なノリであちこち引っ剥がされていきます。ドン!

更に2枚目の畳も剥がされて、我が家の床はボロボロ

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未だに破損箇所は見つからない。この時点で、時刻は10時半になろうとしていた。内心、もう出勤は諦めようかと考えていた。ここまで大事になるとは思わなかった。
念のため、30代の作業員に「これって完全復旧まで後どれくらいかかりますかね」と聞いてみた。
「まだ特定できないのでなんとも言えませんが、最悪フローリングを全部剥がしたりする可能性もあるので、5時は確実に過ぎると思います。」とのこと。

 

 

 

 


あんたさっき「2時間で終わる」って言ってませんでしたっけ?

 

 

 

 


作業を途中辞めにして後日がっつり作業するという考えはとうの昔に過ぎていた。どこから漏れているか分からないと言うことは、部屋のあらゆる水回りを使うことが出来ないと言うことだ。風呂も入れないし、トイレにも行けない。皿洗いも出来ないし手洗いうがい、歯磨きだって、することが出来ない。後、なまじ自分の部屋に被害がなかったばかりにこれまで気にせず水を使ってきたせいで、今2階は凄まじい状態になっているそうだ。天井全体が雨漏りし、布団や畳はびしょびしょ。しかも一度「問題ないです」と管理会社から言われているのだ。そのストレスたるや想像に難くない。こんな事は1日でも早く解決した方が良い。


もう単純に床を直すだけでも数時間かかりそうだし、これは無理だなと判断して会社に休む連絡を入れることにした。
「それってお前が立ち会わなくちゃいけないの?」とか言われてしまいましたが、すみません立ち会わなきゃいけないのです。
無理を言ってお休みを頂き、これで心置きなく事の顛末を見守ることに専念できます。

ちなみに僕は朝からトイレにいきたいのをずっと我慢していました。水回りのことをしているのに水を流す行為は出来ないと思いましてね。
午後になって、そろそろ尿意が限界突破だぞと思っていたら作業員2人がお昼休憩に行きました。僕はこのチャンスを逃さず、コンビニにいって昼飯購入ついでにトイレにいきました。
すっきりして家に帰ると、既に作業は再開されていました。
作業途中、初老の作業員が「すみません、ちょっとトイレ借りますねー」といって
普通にウチのトイレを使っていきました。

 

 

 

 

 

 

 

 



使えるんかーーーーーい!!!!!

 

 

 

 


僕の人知れない頑張りは一体何だったんでしょう。目から水漏れを起こしそうでした。

結局破損箇所の厳密な特定は出来ず、(大体この辺という当たりはついていた)修復作業も出来ないと言うことで新しいパイプを通す作戦で行くことになりました。
この当たりから見守ることにぶっちゃけ飽きていた僕は、別室で待機することにしました。そして夕方5時半過ぎ、作業員2人から声がかかり様子を見に行くと、何事もなかったかのように綺麗さっぱり元通りになっていてビックリしました。
初老の作業員から「もうどこの水道を使っても大丈夫です。ただ、ボイラーからシンクへ行く管は新しくなりましたが、風呂場への管は古いままなので、今度はそこが穴が空く可能性はあります
という『漏水事件簿・第2章 ~風呂場編~』への嫌すぎるフラグを残す発言をして、作業員2人は帰って行きました。

元々自分の部屋に被害はなかったので今までと変わらないのですが、2階に悪影響がなくなったというのは精神的に楽になりましたね。
床を剥がして原因を特定するのはまるで外科手術のようだったし、『家の様々なトラブルをブラックジャック先生の如くスマートに解決する漫画』とかあれば面白いかなと思った。

余談ですが次の日出勤すると『病欠』扱いになっていました。
家が病気って事ですかね?あ、俺の頭か(笑)